事業仕分けに対する全グローバルCOE拠点リーダー連名の声明発表

昨日、東京大学本郷キャンパス・小柴ホールにて開かれた全グローバルCOE拠点リーダー連名の声明を発表する会見に行ってきました。詳細は省きますが、「日本の未来を見据えたとき、若手研究者養成の場としてのG-COEを守らなければならない」という趣旨で、その趣旨には僕も反対するところはありません。自分も給料をいただいている身ですし。ただ、残念な点がいくつかありました。いかに掻い摘んで。

まず、先生たちの声明文会見、フロアの意見において「世界では当然だから」というロジックが多かったのですが、よそはよそ、うちはうちといわれたら終わりです。まったく引用するなとは言いませんが、なぜほかの国もそうしているのかをきちんと言葉にしたほうがよかったように思います。もうひとつ、フロアからさかんにあがった意見ですが、ものすごく乱暴に言えば「みんな俺たちのことをわかってくれないんだ!」というのが根底にあるように思えた点です。いくら貯金を取り崩して生活しようが飢えようが、「アルバイトしながらバンドを組むというひとと何が違うの?」「世の中には失業者はいっぱいいる。ホームレスさえたくさん出ている」といわれたらひとたまりもないんです。自分たちの矜持ですから、「学術研究は崇高だ」という考えを持つことは否定しません。しかし、それが万人に共有されるという考え方は、もう表にはださないほうがよいでしょう。なぜ「わかってもらえない」のか、そこに立ち返る必要があります。

折悪しく、学習研究社が発行していた『〜年の科学』『〜年の学習』が休刊になりました。社会のニーズを捉え切れなかった雑誌メディアがたどる道としてはしかたがないところもあります。雑誌に寿命があるのも確かです。ただ『科学』と銘打った雑誌が置いてけぼりにされてしまったのかは考えなければならないでしょう。今回の記者会見も、報道陣の姿はあまり多くなかったようです。「コップの中」の騒動をよそに、ドバイ・ショックに煽られた円高傾向などを受け、社会では風化しつつある気すらします。このまま「スパコンなどに代表される」扱いは非常に問題です。

会見のフロアで、韓国から留学している特別助教がコメントした内容は印象的でした。「仕分けに携わった政治家の意識は、おそらく国民一般には受け入れられていると思う。ただ科学の発展をとめることは未来をあきらめることだ。そうしたことを、研究者は世間に理解される言葉で発信しなければいけない」。自分も含め、日本人研究者の口からこれが出なかったのは非常に残念に思いました。だって、G-COEの原資は、日本国民から預かった税金なんですから。