2009年度ノーベル化学賞

ノーベル医学生理学賞、物理学賞にひきつづき、化学賞が発表されました。イギリス・MRC分子生物学研究所のベンカトラマン・ラマクリシュナン博士、アメリカ・エール大のトーマス・スタイツ教授、ワイツマン科学研究所のアダ・ヨナット教授の3人の共同受賞で、受賞理由は細胞内の小器官リボソームの構造と機能を解明したこと、だそうです。物理学は範疇外なのであえて触れませんが、化学賞は自分もかつてかじったことのある、生化学とよばれる分野の仕事でした。2006年のロジャー・コーンバーグが真核生物の転写機構の解明でもらって、これでタンパク質合成系の業績は一通りノーベル賞ということになるのかな。

ただ、日本人の判官びいきとしては、今回の共同受賞者の中に野村真康先生、水島昭二先生が入っていなかったことでしょうか。(残念ながら水島昭二先生はすでに亡くなられていますので、受賞資格はないのですが。)二人は大腸菌を破壊してタンパク質を取り出し、得られたばらばらのタンパク質からリボゾームを試験管内で再構成し、さらに機能させることに成功しています。1960年代から70年代前半の仕事でした。ちょうどヨナットが研究を始める直前です。

このとき再構成されたのは、リボゾームを構成する大きな2つの部品のうち30Sサブユニットというものでしたが、この部品もさらに小さなタンパク質からできています。何種類のタンパク質が組み合わさっているのかわからない、さらにそれをさまざまな組み合わせで混ぜ合わせて機能を確かめていくという作業は単純に見えますが、非常に根気の要る丹念な作業であったことと思います。最終的には21種類のタンパク質と16SrRNAが組み合わさって30Sサブユニットを機能させているのですが、センスと根気が必要な、まさに古典的な生化学の精華ともいえる仕事でしょう。

科学離れを指摘するなら、こうしたノーベル賞報道のときなんかは日本の先行研究、類似研究も紹介しないといけないのに、と思います。報道側にもそれだけのリソースはないから、なかなか難しいとは思いますが。

ラスカー賞とノーベル賞

今年、アルバート・ラスカー医学研究賞京都大学山中伸弥先生が受賞されました(ケンブリッジジョン・ガードン博士と共同受賞)。論文での報告から異例の速さということもあり、テレビなどのマスコミは「こいつはこのままノーベル賞?」とばかりに盛り上がっていたようです。僕のところにも、昨年『iPS細胞 世紀の発見が医療を変える』を上梓したこともあって、山中先生が受賞された場合には朝のテレビ番組へコメント出演をしてほしい、という仮押さえの連絡が来ていました。残念ながら、今年は流れてしまいましたが。

確かにノーベル医学・生理学賞を見ると、その受賞者の2割がラスカー賞をもらっているので、その期待が高まるのは理解できます。しかし、まだ発展途上の研究でもあることや、イヨーロッパではES細胞研究のほうが盛んで、まだiPS細胞研究が盛り上がっていないということもあり、一気呵成に、というのは難しかったでしょう。ちなみに、今回共同受賞のガードン博士はオタマジャクシの腸管から得た細胞核を卵に移植し、世界ではじめて体細胞クローン動物を作ったということで、すでに固体として生まれてしまって個体となった細胞、しかも腸管という特定の組織になってしまった細胞から得た核でも、受精卵のような状態まで戻すことができる、ということを示しました。これを「初期化」といいます。この仕事は1962年のものでした (Gurdon, JB (1962) The developmental capacity of nuclei taken from intestinal epithelium cells of feeding tadpoles. J Embryol Exp Morphol 10: 622–4)。iPS細胞はゴードン博士が示した人為的な体細胞初期化の可能性を、山中先生が具現化したものということであり、今回のラスカー賞はなかなか粋な選考だったといえます。

ちなみにラスカー賞を取った日本人ですが
1982年 花房秀三郎(基礎医学研究賞)
1987年 利根川進基礎医学研究賞)
1989年 西塚泰美基礎医学研究賞)
1998年 増井禎夫(基礎医学研究賞)
2008年 遠藤章(臨床医学研究賞)
2009年 山中伸弥基礎医学研究賞)
となっています。花房先生、西塚先生はすでに鬼籍に入られ、利根川先生はノーベル賞を受賞されています。次にノーベル賞をもらうのは、誰になるのでしょうか。

ここ最近のお仕事。

やや古くなりますが、芹沢一也さんが主宰されている「シノドス」というコミュニティ(?)があるのですが、そこを母体として、荻上チキさんが編集しているメールマガジン「αシノドス」に寄稿しました。有料メルマガなので購読されていないと読めないわけですが、いちおう宣伝ということで。

以下はその目次。

vol.36(2009/9/15)目次
【1】編集部より 荻上チキ
【2】緊急特集 勝間和代宮台真司本田由紀大屋雄裕・吉田徹・仲俣暁生鈴木謙介田中秀臣・西田亮介・小山エミ橋本努宇野常寛松浦大悟「総力アンケート:「政権交代」は日本に何をもたらすのか!?―「民主党圧勝/自民党惨敗」を分析する」
【3】連載コラム 飯田泰之「経済学思考の練習問題6:政策のヒロイズムとリアリズム」
【4】特別寄稿 八代嘉美 「科学者が発言するということ」
【5】セミナー 濱野智史「ネットユーザの生態系―2000年代以降のネット環境と若者たち(4・最終回)」
【6】連載レポート 峰なゆか「AV女優からみたAV業界10:AV女優と(被)差別?」
【7】情報通信 河村信「河村書店:人文・社会(学)系ニュース―日々編集中」

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